誇りと意地と情熱を。

北大生のブログ。東京出身です。日々の何気ないことから、様々に書き綴ります。

Gakuie Night

明後日、札幌に戻ります。

11/2-6の四日ほどの滞在になります。

おととい盟友から12月に帰札するとの連絡がありました。

ちょっと気にかけてたことを託せそうです、ほっと。

 

雨降って地固まる。

英語では逆境が基礎をつくると訳すそうです。

 

失敗しても、どこか誤った道に行ってしまっても、前に進みたいのなら、ちゃんと並走できる人でありたいと、そういう人生をいきたいです。

 

GAKUIE Night でアンケートを書いてもらったら

[こばやしくん、将来どうすんの??]との質問が多かったです。

 

最近、思ったことなのですが、

最強の二番手になるってことが今の目標です。

まあ結局は札幌いた頃やってたことを突き詰めたいと。

 

将来は誰かをサポートできたらいいな、ただそんことをおもってます。

 

Gakuie  Night まで二日。

誰かと何かをするってことは、その人から時間と費用をもらっているということ。

もしかしたら大切な人と過ごす時間だったかもしれない。

もしかしたら大事なプレゼンの時間だったかもしれない。

それぞれの"もしかしたら"を上回る時間にしていかないと。

 

主催としての重責と、それを上回る期待を抱いて、明後日札幌へ戻ります。

 

We've already  started to...

もうすでに僕らは未来につながる何かを始めている。

ただそれをわかるには時間がかかったりする。

 

この日、何かが見えることを願ってます。

 

2017.10.31

こばやし

いま、札幌で環境をつくらねば

東京来て1ヶ月半が経ちました。

元々の先輩たち、新しく出会った人、札幌いた頃には想像もできないぐらい多くの人にお世話になってます。

 

東京で、同年代でも圧倒的な人にも会いました。

東京で、素晴らしい会社にも出会いました。

 

ただいくら環境が変わろうとも、札幌のことは忘れてないですし、先輩方が築いたもののお陰で今があると思っているので、

じゃあこの東京での経験、知見を、札幌の友人たち(特に後輩)に伝えようかと考えています。

 

そう、あーだこーだ考えたことのひとつに

僕らって❪札幌だからやる❫って発想が基本的にないなってことがあります。

 

しばらくさっぽろ若者会議をやってましたけど、

立ち上げからずっと議論してたことではあります。

 

ただ学年が上がり、何かするにもどうやったら継続性を維持できるのかと考えるようになり、

その視点から札幌の環境(学生回りの)を振り返ってみると、

共感は広がるけど資源がそこにはついてこない、と感じてます。

だから大学のプログラムとかに人が流れるわけで。

 

学生がなにかアイディアを実践できる(人物金情報込み)環境を理想とすると、

今の札幌の環境はすべてないですね。

 

どうしても資源を手にいれるのに多大なコストがかかってしまいます。

 

カリスマ的な人物があれこれできたとしても、人に由来するものだから、再現性は限りなく低い。

 

ただこれを札幌だから仕方ないとするのではなくて、

ある意味、札幌だからできるというポジティブにマインドセットしたい。

 

そのためには札幌の社会人の方々の協力は不可欠ですし、

今、その思いがある人を増やして、マンパワーでこじ開けていく必要が出てきます。

 

 

現状としてそれぞれが個別、具体的テーマに力を注ぎすぎているように見えるんですよね。

根本的に学生としてアクションを起こし、何かしらの理念を達成したいなら、そういう環境整備が間違いなく優先すべきです。

 

基本的に共感してくれる人の多さが肝要なので。

 

おそらく札幌の学生活動の不活性化は、そこら辺が見えている優秀なやつらが離れていったことにもあると思います。

 

年齢的なこともあると思いますが、

この半年で新しく札幌で会った人で、ビビっとくる人、一人しかいません。

ただその人は情熱量が高いので、今はうまくやってますが

このままだと団体として次、またその次へとつながる拡大の道筋がつかないと思うんですよ。

 

数年の短期で終わっていいんですか??

 

それが札幌では当たり前になりすぎてますよ。

 

大学生活の余興のひとつにしていいんですか??

 

人生楽しければいいというのはありますが、

東京来て札幌で僕らがやってきたこと、今起こっていることってめっちゃ価値あることだって痛感しました。

 

札幌の環境つくり、そこに本気でやる時期が間違いなく来てます。

 

これ、共感してくれる人、残りの札幌での時間かけてやりませんか??

 

 

 

分岐点

挑戦ってなんだろう。

環境を変えることかもしれない

今までやってこなかったことをやってみることかもしれない。

新しく誰かに会うことかもしれない。

もしかしたら、なにかを辞めることかもしれない。

 

今年の前期、自分自身以外にも近い人の大きな挑戦を目の当たりにして、

正直なところ、毎度の事どうしていいのか分からない半年だった。

 

自分がその挑戦に嫉妬してるんじゃないかと思ったりね。

 

札幌にいると、あたらしいことやることが当たり前で、行動すること=素晴らしいこと、手放しで称賛って雰囲気があるけど、

じゃあその相手にかけた言葉に責任が持てるのかと言われれば何も言えないんじゃないのかな。

 

そこまで考えなければいいという意見がほとんどなのだろうけど。

 

言葉って不思議なもので、

前向きな言葉をかけられると明るくなるし、

後ろ向きな言葉をかけられると暗くなる。

 

一言一言に責任を持つのは不可能だし、何に対して責任を持つのか曖昧なことが多いけれど、

ここぞというところでは決めることのできる言葉を持ちたい。

 

さて、明後日から札幌帰る。

一週間ほど札幌には滞在しますが、おそらくそれ以降はあまり戻ってこないんじゃないかと思っているところ。

誰かが「何かを選ぶことは何かを捨てること」だと言ったけれど、それもまた仕方ないのだろうと。

 

ずいぶんと長い間、札幌にいたと感じる

苦しかったこともありますけど、充実した4年間でした。

 

気が付けば音威子府から二年。

あれが無ければ今こうなっていない(あらゆる意味で)と思うと、時間ってあっという間に過ぎていくな。

 

恋に恋する人がたくさんいるように、挑戦に挑戦する人もたくさんいる。

 

自分はなぜ挑戦しようとしているのだろうか。

 

ちゃんと向き合えているのだろうか。

 

もうそろそろ覚悟を決めないと。

 

先月友人の誕生日に渡した色紙に、

「苦を背負い、義を貫け。」

と書いたけれど、何気なく書いた言葉に今になって降りかかってくる。

 

「義」ってなんだよ(笑)

 

2017.08.21

こばやし

雑記0815

「君の膵臓を食べたい」を見て以来、なんとなく恋愛小説を読んでいます。

「美丘」(石田衣良)、「東京タワー」(江國かおり)など。

 

この前読んだ小説の登場人物がこんなことを言ってました。

 

「女性は恋愛小説を読む分、男子よりも恋愛シミュレーションをしてる。だから恋愛上手が多いんだよ。」

 

とても腑に落ちました。

 

たしかに女子の方が恋愛に関するあれこれを話しているし、その分だけ考えているのでしょう。

 

なるほど。

 

この話を考えるたびに、恋愛上手とは?と気になってしまうけど、あまり分解したくない(批難される気がする)ので考えることをやめています。

 

君の膵臓を食べたい(映画)、世界の中心で愛を叫ぶを見た時を思い出す良い作品でした。

行ってない方はぜひ。

 

東京四日目。今日も雨。

今週ずっと雨ってのは本当なんだろうか。

 

Ame。

 

9/30行きたい。

 

2017.08.15

こばやし

雑記0814

毎回書くたびに久しぶりだと思ってしまうのは僕に継続性が無いからでしょうか。

気まぐれなだけなのですが、継続性が美ととらえているうちはまだまだなのかもしれないなと考えている今日この頃です。

 

一昨日あたりから東京に戻ってます。

休学明けてからの五か月(3月、4月、5月、6月、7月)は本当に喜怒哀楽に富む期間でした。

 

今、書いていて総括したいわけではないんだけど、気が付くとあっという間に時間が過ぎているので、こうして振り返る時間は大切にしています。

 

ついこの前、誰かにも話したのですが、信頼と思考力が人の全てなのではないかと考えています。

人とのかかわりあいにおいては信頼。

何を感じれるか、気づけるかも含めた自分自身の能力としての思考力。

 

例えば勉強ができるとか仕事ができるとか、そういうことを目指すのが当たり前の感じを日々肌にしてきたんですが、

そういうのは結局信頼と思考力に帰結できると思うんですよね。

 

そう考えると、成長したいというのは何だろうとふと考えてしまいます。

 

そういえば東京は何気に涼しいです。

今週はずっと雨予報。

 

明日は次の一手に向けて、じりじりと自分に問わなければいけない一日になりそうです。

音威子府でいろいろあってからもうすぐ2年。

たしか19日から24日でイベントをやった気がするんで。

 

この前飲んでて思ったけど、なんだかんだ関わった人達の分岐になっているし、まだどこかにひっかかり続けています。

思い出すたびに、このままでいいのかと自分へ問うてしまいます。

もうひと踏ん張りしよう。

 

2017.08.14

こばやし

久しぶりに文章を書こうと思った。

何事かを報告するため、何事かをアナウンスするためとかではなく、ただ文章を書こうと思った。

 

いつから僕らにとって文章は私的な行為ではなくなってしまったのだろうか。

日記や手紙。

便箋という漢字すら書けるかは危うい。(そういう僕はPCで文章を打っている)

 

文章といえば、誰か公に見られるもの。

FacebookTwitterで書くもの、レポートで書くものとか。

どれもこれも自由に文章を書いている人はなんだかんだ少ないのではないのだろうか。

(レポートで自由に文章が書けるはずはないが)

 

無意識に知らない誰かに配慮したり、その世界のルールにのっとって文章を構成している。

 

文章を書く、言葉を紡ぐという行為はとても創造的な行為だ。

ここしばらくあるルールに則って文章を書いている故にこのことを意識することはない。

繰り返しになるが、それはルールに則れば簡単に文章が書けてしまうからだ。

自由に文章を書いて、と言われて困る人は僕だけではないはずだ。

おそらくインターネットで「●●の書き方」と調べる人が多いのではないだろうか。

 

ある言葉を見て、その人を思い浮かべられる。

そんな言葉の使い方をしたいとずっと思っている。

ただこれがなかなか難しい。

 

こうすればできるというやり方では到底たどり着かないところだからか。

 

いろんなものを見て、聞いて、感じて、その繰り返しでしか精製されないものな気がしている。(特に対人関係においてであろう)

 

とりとめのない文章になってしまった。

最初から何事かを伝えようとか思わないままに書くとこうなってしまうな(笑)

 

美しい文章を書きたい。

美しい言葉を紡ぎたい。

やりたいことだらけである。

 

2017.07.20

こばやし

名づけ

録りためておいた「本日は、お日柄も良く」を見ました。

原田マハの同名小説をドラマ化したもので、政治家のスピーチなどの書く「スピーチライター」にスポットを当てたドラマです。

 

人間とサルの大きな違いは言葉を操るかどうかでそれ以外はたいして変わらないと言われていますが、その言葉について考えていることをつらつらと書きたくなりました。

 

先日のイベントでキャッチコピーをつくったりする中で、言葉とは簡単には扱えないなと実感しました。

例えば「このイベント何するの?」って問いに答えるために「AとBとCとを混ぜた感じ」では到底説明になっていません。

残念なことにそれだけでイベントに来てくれるなら苦労しません。

 

結果として、そういうイベントに来てくれる人達は「○○(人名)がやっているから」という理由で来てくれます。

裏を返せば目的を立てにくいということなのかもしれませんが。

 

イベント自体は多くの人が来てくれて楽しいものになりましたが、自分の力のなさを痛感しました。

 

この試行錯誤の中で考えたことがあります。

 

「共通言語」を探す。

 

言葉ってつまりはこういうことなのかもしれないと。

(特定の場合であり、一般的な事象すべてに当てはまるわけではないが。)

 

60代のおじいちゃんに「ディスる」という言葉が通用ますか?

文化系大学生女子にリーガエスパニョーラの話が通じますか?

たとえは突飛ですけど、まあ一般的には通じないわけですよ。(笑)

 

それは相手がその話・言葉について知らないからであり、至極あたり前なことです。

ただその至極当たり前なことがいざ人に何かを伝えようとするときにはできなくなります。

(僕が口下手ということは置いておいて。)

 

いつか縁日みたいなイベントだ!って言った時がありました。

そしたら「縁日って??」という返事が返ってきました。(笑)

 

相手の前提と自分の前提を同一視してしまうのは悔しいことにほぼ不可避です。

よい教訓になりました。

 

さて、

僕は自分の言葉を持っている人が好きです。

思ったことをそのまま言ってきたり、独特の思考から生み出された言葉を言ってくる人です。

こういう人に極端に惚れやすいですね(笑)

 

そういう人と会うと、自分がどこかで耳にした使いまわされた言葉を使っているなと痛感さあせられると同時に、とても嫉妬します。

そういう人の言葉ってとても響くものがあって、まっすぐなんですよね。

 

人に言葉を残す。

 

とても難しいけど、そういうことができる人でありたいと思っています。

ここらへんもう少し書きたいけど、今日はこの辺で。

 

ですます調か、である調か。

未だに安定しません。

 

2017.06.15

こばやし