深浅
いつか小説を書こうと思っている。
毎日話したり書いたり読んだりしてきてる中で、言葉を組み立てるというのか、ちゃんと言葉を考えて並べることがないから、これはいい機会なのではないんかなと。
この前、司馬遼太郎の「燃えよ剣」を読んだけど、小説を書こうかと思ってみると、歴史小説は膨大な量の史料と想像力が要請される、ひとつの作品だと感じた。
言葉の並べ方を考えてみると、参考になりそうなのは歌詞だろうか。
歌詞は程よく短いし、俳句や詩といわれても恐縮してしまうから、それらに比べれば身近なものだ。
(歌詞を書きます!という流れになっているけれど、歌いませんよ)
昔に刊行された本を見ると、現代人には難しい言葉がつらつらと並べられて、僕にはまだ文体の美しさだとか、文章のすばらしさが分からない。
分かることはと言えば、“こんな言葉使っていたのか、いや存在するのか”ということぐらい。
今、「文明論之概略」を解読しているけど、1ページに一つは四字熟語が出てくる。
どう考えても現代にはありえないだろうと思ってしまう。
まず四字熟語自体そんなに思いつかない。
事事物物とかね。
そういえば吉本隆明の著作に「言語にとって美とは何か」というのがあった。
興味はあるけど、なにせ難解そうだから手を出すにはちょっとなあ、、、。(笑)
まあ言葉についてあれこれ考えることはといえば“英語やったほうがいいかな”とか他言語のことばかりだからこそ、少しは母語のことを考える機会はありがたいのか。
なんとなく分かりやすいもの、キャッチ―なものが好まれているように感じるから、だからこそ難解なものに挑んでいく心意気を持ちたい。
分かりやすいもの、使いやすいもの、つまり簡単なものだけど、そういうのばかりになれてしまうと、僕は“飽きたから次!”ってなってしまう。
そうして飽きたものばかりになってしまうと、それ自体に飽きてしまいそう。
ちょっとそれは嫌だね。(笑)
よくわかんないものをについて云々云々やっていたらどうにかなる気がする。
2016.11.11
こばやし