さらち
札幌にはあと四日少々で戻る予定。
どうも台風が東京に向かっているらしい。21日に僕が成田空港から飛べるのかは恐らく50%ぐらいだろうと思っている。
北海道には一週間ぐらい戻ることにした。
まあそもそもは置戸町にたくさんあるらしい古文書を分類、仕訳するお話をゼミでいただいたらしく、その関係で4日ぐらい置戸町に行く。
話を聞いた限りでは、置戸町には北海道開拓期に本州から何がしかを求めてわたって来た人達の生活の記録(行政資料だろうか)があるらしい。
かつての北海道には自分たちの地元で一番になれなかった人達が北海道という未開の地にやってきた。
たぶん二番ではダメだったのだろう。
北海道各所に本州の地名があるのは渡ってきた人達の名残である。
この前、NHK「東北発 未来塾」という番組を見た。
内容は古文書など残っているものから、防災を考えるというものだった。
BSでやっている「英雄たちの選択」にも出演されている磯田先生が案内人的な役割だった。
そこではいかにもTVうつりの悪いと思われがちな古文書が磯田先生を介していきいきと映し出されていた。
古文書ではないのだけども、先生が古くからあるお寺や神社にある立派な樹を見ると安心すると言っていたことが印象的だった。
古くから樹がいまもあるということは、そこに津波が来ていないことを示唆しているらしい。
そういえばこの前、地元を歩いていたら、道路工事の看板が立っていた。
練馬では昔から道路が新しく作られては町が変わっていく歴史があると聞いたことがある。
道路工事自体は練馬区平和台あたりを闊歩している人なら誰でも知っている話なのだけれども、「どうせやらないだろう」と思っていたことがいざ進むとなると、少しひるんでしまうのはなんでだろうか。
僕が中学校の頃通っていた早稲田アカデミーのビルが買収されたのはもう10年近く前になる。
エスカレーターのないぼろくさいビルの、蛍光灯が照っている味気ない部屋でみんなと勉強したのが懐かしい。
今、その場所は更地になっている。
だらだら文章を書いていることは否めないけれども、僕はただ回顧しているわけではないよ。
なんとなく書きたかったことは、
社会が変わる転換点にいるとよく言われているけれど、結局変わったかなんてあとになってみないと分からないらしいということ。
だれかのせいで宇宙に興味をもっちゃって、関係する本を読んでいる。
そこで出てくる世界はだいたい○○億年の世界。
宇宙に思いをはせていると、数年なんてたいしたことないとつい達観してしまいそうになる。
五十メートル走には五十メートル走の走り方があり、マラソンにはマラソンの走り方があるように、
たかだか人円なんて数十年だけど、まだまだ先が長いんだよなー。つい目先のことに飛びついてしまう性格だから忘れないようにしようと。
でも、今の出来事が50年後とかの歴史の教科書に載っているんだろうか。
iPhoneとかVRとかARとか。
なんだかんだ教科書にかかれているのは、安保の話だったり、沖縄とか北朝鮮、中東の話なんだろうな。
そういうところは変わっていない気がする。
中央アジアでテロがあったけど、互いの主義思想を受け入れて、平和になったらいいな。
世の中が平和すぎて新聞とかテレビのニュースがいらなくなるぐらいね。
今の僕には縁遠く感じてしまうのがどこか悔しかったりする。
2016.09.17
こばやし